PIPER-HEIDSIECK Essentiel Cuvee Reservee(パイパーエドシック・エセンシエル・キュヴェ・レゼルヴ)を飲む

飲んでみて

昨年の暮れのことである。銀座ヌガでボランジェを空けたときにサービスの方からどんなシャンパーニュが好きかと訊かれ、こくのあるタイプで、ブランブランよりもブランノワールの方が好きです。もちろんいま飲んでいるボランジェのように力強いのが好きですと言うと、だったらエドシック系も好きですかと訊かれ、それは飲んだことがないからわからないと返すと、エドシック系はきっと気に入ると思いますよと。エドシック系という聞きなれない言葉の新鮮さもあったが、きっと気に入ると思いますよと言われたことが予言のようでずっと頭から離れなかった。エドシック系というからにはいくつかエドシックと名のつくメゾンがあるのだろうと調べてみると確かにいくつかあり、それらのメゾンのシャンパーニュはどれもこくがあり、ブランノワールのようなタイプなのかと想像した。

今回取り上げるシャンパーニュはエドシックと名のつくもので唯一見たことのあるものである。

わたしはもともとパイパーエドシックのことを馬鹿にしていて飲むことはまずないと思っていた。それはまったくのとばっちりであった。いままでその存在を目にすることはあっても注意深く見ることはなかったので、パイパーエドシックのことをデパ地下でよく見かける紅茶やジャムやハチミツやビネガーなどを売っている英国資本の食品雑貨店が片手間に商材を広げるためにシャンパンまでやっているものと勘違いしていたのであった。もしミンクの襟巻きから便所のスリッパまで扱うモード系のブランドがあったとしたら、そんなブランドに何を期待するのだろうか。わたしが端からパイパーエドシックを無視してかかっていいたのはそういう理由からであった。それはまったくの誤解であった。どちらも赤と黒のパッケージが印象にあったので混同していたのだ。ヌガの人に勧められなければずっとそう思っていただろう。パイパーエドシックにはえらい迷惑な誤解であった。

パイパーエドシックの設立はたいへん古く1785年(天明5年)である。公式サイトのビデオを見るとマリーアントワネットに献上していたくらいなのでシャンパーニュメゾンの中でも老舗中の老舗である。そのころ日本では浅間山の大噴火や江戸時代で最悪の天明大飢饉があり、権勢をほしいままにしていた田沼意次が翌年失脚するころである。文芸面では雨月物語の上田秋成が存命で本居宣長と天照大神の及ぶ世界をめぐって論争をしていた。

飲んだ時の温度は10度くらい。飲もうと思って用意をしたのだが、いざ飲もうと思ったら眠気を催してしまって氷を張ったバケツに2時間くらい放置していたので、あらかた氷は解けキンキンに冷えている状態ではなかった。まあかろうじて冷えているといった状態である。

香りは青りんごの爽やかな感じで、暑い時期に涼を取るにはさぞよいことだろうと思った。他の要素を探してみたがなかった。とにかく爽やか一点張りである。この香りから力強さは期待できるのだろうかと肩透かしをくらった感じがした。実際飲んでみるとまず思ったのは日本酒の仕込み水をのんでいるような、からだにやさしいものを入れているといった感覚であった。悪くいってしまえば水っぽいのだが、これは夏の暑い日、湿度が高くて不快な日に時間を選ばずありつくにはいい飲みものだと思った。こういう性格のシャンパーニュは異色であり、ほかにはないと思う。

温度を変えてみたときの変化を見ようと50分放置したグラスのものを飲んでみたが、香りも甘さも味も酸味もすべてがちぐはぐな感じがしてまとまりを完璧に失ってしまった。飲む気にはなれないしろものに堕ちてしまった。こんな状態では流しに捨てるか、料理に使えないかと考えてしまった。このシャンパーニュは絶対によく冷やして飲むべきである。

マリリン・モンローが寝ざめに飲むのはパイパー・エドシックだと伝えられれているが、なるほどこれなら体に負担がかからなそうでいて、しかもシャンパーニュなので気分もあがるし、かといって朝から酒に酔う心配もなさそうな感じがするのでご機嫌な一日をこれから始めようとするにはふさわしい飲みものだと思った。このシャンパンには寝覚めの一杯だとか太陽のもとでとか、健康的でありながらちょっと踏み外してみたい欲求を満たすにはうってつけだ。南カリフォルニア的な健全さを具現したシャンパーニュと言いたい。朝日を浴びながら浜辺でヨガをやり、乾いた喉をいやすのに傍らにパイパー・エドシックがあったらハマりそうな感じがした。

もっともふさわしいシーンは海に浮かべた船の上で日光を浴びながら寝そべって飲むとか、真昼のプールサイドで騒ぎながら飲むとかで、けっして美食家が凝った食べ物と合わせて云々するようなシャンパーニュではない。それは間抜けだ。

このシャンパーニュはこんな映像の世界があっているのだろう。ロシアのHIP-HOPアクター、TIMATIの”Welcome to ST. Tropez”の中の世界だ。

もしくはCalvin Harrisの”Thinking About You”なんかもよい。

このシャンパーニュの仕様

ブドウ品種構成:シャルドネ10~15%、ピノノワール50~60%、ピノムニエ20~25%

甘辛度:ブリュット

ヴィンテージ:NV

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